前の話 目次 次の話




 長々と見てしまった。
「最低だよな。ってか、蓮乃に知れたら鼻でもぶたれそうだ」
 翌朝の桜花は嫌悪感に駆られていた。
「ま、さすがに黙っとくけどな」
 朝食を済ませ、制服に着替えた後、余裕を持って家を出た桜花は、徒歩圏内にある高校に向かってのんびり歩く。通学路に差し掛かり、同じブレザーの姿がちらほらと見え始めると、その中に蓮乃の後ろ姿を発見した。
(……似てんな)
 どうせモザイクを取れば、目つきぐらいは別人だろうが、後ろ姿だけは瓜二つだ。どうしても現実の蓮乃とダブるのだが、桜花はそれを頭から振り払う。
「よっ、蓮乃」
 後ろから追いつき、肩に手を置き挨拶する。
「……っ!」
 一瞬、ビクっとしていた。
「ん?」
 桜花は違和感を抱く。
 こうして登校中に姿を見かけ、後ろから肩を叩くなど、中学生の頃から付き合ってきて、一度や二度のことではない。これで驚く蓮乃ではないのだが、珍しいこともあるものだ。
「え、ああ。アンタか」
「俺だ。おはよう」
「そうね。おはよう」
 それだけのやり取りを交わし、二人は並び歩き始める。
 蓮乃との交際は、特別隠してはいないものの、聞かれなければ答えていない。
 そもそも、あえて広めることでもない。
 いわゆる熱い場面を見せびらかすと、学校という空間にはそれを冷やかす輩がありがちで、そうした手合いに蓮乃はひどく機嫌を悪くする。桜花としても、それに付き合う性分はなく、露骨に愛し合うことはしない。
 しかし、教室内では知らぬ間に周知の事実となっていた。
 同じ中学だった連中が恋の話題の中で話したらしく、おかげで最初は好奇心から蓮乃との関係について何度か聞かれたものだったが、入学から数ヶ月も経てば鳴りを潜める。当初の蓮乃は露骨に顔を顰めていたが、今となっては一緒に弁当を食べていようと、クラスメイトは何も言わない。
 ああ、また一緒にいる。
 ぐらいの認識で済ませてもらえるのは、非常にありがたいことだ。

「おやおや、これはこれは」

 聞き覚えのある声がかかってきた時、隣の蓮乃はあからさまに機嫌を悪くした。
「……チッ」
 舌打ちまでしていた。
「それはさすがに態度が悪いねぇ?」
 現れたのは担任だった。
 この担任の名は竿木太矢というが、スラックスでベルトを締めていると、腹の脂肪のたるみがよく目立つ。スーツを内側から押しあげる丸みを見るに、ボタンにもいくらか負荷がかかっているようだ。
「おはようございます」
「……ふん」
 桜花は一応、挨拶ぐらいはするものの、蓮乃は鼻を鳴らして顔まで背けた。
(ここまでだったか?)
 愛想を振りまく特技を持たない蓮乃だ。嫌いな教師に良い態度が取れないのは前からだが、今日に限っては妙に反抗的だ。ここまで拒んだ態度を取る蓮乃などあまり見ない。
「まあ、いいとも。生理で機嫌の悪い日ぐらいあるだろうね」
「……チッ」
 再び、舌打ち。
 今のは担任の方が悪いと桜花も思った。
「ところで桃園さん。以前の書類に不備があったので、朝一番に私のところへ来て下さい」
「不備?」
「ええ、不備です」
「わかりました」
 いかにも不服そうに了承すると、担任は満足したように足を早め、どこか急ぎ気味に学校へ向かっていく。
 書類とはバイトの届け出だろうか。
 しかし、一ヶ月以上前の話だ。その不備が今頃見つかるものだろうか。
「ってわけで、桜花。悪いけど、教室行く前にあのウザイ奴んとこに寄ってくから」
 蓮乃はさらに機嫌を悪くしている。
「ああ、そうだな」
 本当に珍しい。
 それとも、セクハラの噂のある先生だ。隣に彼氏がいようと関係なく、平然と生理について触れたあたり、嫌なことでもされたのだろうか。
「一緒に行こうか?」
 と、提案してみる。
「いや、いい。ありがたいけど、気持ちだけ受け取っとく」
 それが蓮乃の答えなら、大袈裟な心配はいらないのだろう。
 桜花に動画を奨めた神経の持ち主だ。教師が性犯罪を犯したニュースを見たこともあり、蓮乃の態度の理由として、その手の心配をしたが、はっきり物を言う性格の蓮乃が申し出を不要と言うなら、不快な言動や視線以上のものはないのだろう。
(ま、二人きりにさせんのはアレだがな)
 少なくとも、言葉によるセクハラはある。
 隣にいてやりたい気もしたが、当の本人が不要と言うなら、無理についていくわけにもいかなかった。

     *

 その放課後、桜花は一人で学校を出た。
 普段、一緒に帰るのが当たり前になっているため、一人で帰路につくのはもの寂しい。
 今日の授業では六時間目に体育があり、男女共々体育館を使ったが、授業が終わっても蓮乃が一向に戻らなかった。いよいよ姿を現さないままホームルームが始まって、担任が言うには先生と話をしているそうだった。
「桃園さんの事情は皆も薄々知っていらっしゃることと思いますが――」
 という切り出しで、家の事情について相談するため、ホームルームには出席しない旨をクラスに伝えた上、桜花にはこうまで言った。
「伝言でね。今日は先に一人で帰って欲しい、とのことだったよ」
 そんな理由で、いつもは一緒の蓮乃がいないままに帰り道を歩いていた。
 帰って早速、風呂や食事や宿題など、もろもろを済ませにかかり、夜にベッドで大の字になったところで、いつものギシギシという音が聞こえてくる。
「あーあー。今日もかよ」
 この嫌なところは、ちょうどベッドに面した壁から聞こえる点だ。
 寝る時になっても聞こえることがあり、こうなったら模様替えでベッドの位置を変えようか、本気で考え始めている。

『ん! ん! ん! ん! ん! ん! ん!』

 いつもより声も激しい。
 いくら薄い壁でも防音性は皆無でないのに、これではすぐ隣で女が喘いでいるようなものである。
「実際、そうか」
 おそらくこの壁の裏側に、同じくベッドが置かれており、一メートルもない距離で真っ最中なのだ。
「まずは耳栓だな」
 明日にでも買いにいくことを決め、それでも気になるようならベッドの位置も変えてしまおう。
 などと決めつつ、スマートフォンの画面を見る。
 電話かアプリで蓮乃と話したい気分だったが、今のところメッセージへの返事はなく、風呂なり食事なりの最中なのだろう。
「…………」
 あのサイトが気になってきた。

『んぁぁっ、あっ、あぁぁ! あぁぁん! あぁぁん!』

 この蓮乃に似た声を聞いているうち、脳裏には動画の奉仕が蘇り、気づけば再びアクセスしてしまっていた。
 例の投稿主のページを開くと、気になるサムネイルが目に飛び込む。
「ライブ?」
 どうやら生中継の配信があるらしい。
 褒められた行動とは言えないが、再びアクセスしてしまった以上、怖い物見たさの心理に従い、サムネイルをタップする。

『あっ! あぁ! あぁぁ!』
『あっ! あぁ! あぁぁ!』

 喘ぎ声が二重になった。
 同一の音声を重ねて流しているような、しかし微妙なズレのある声に桜花は驚く。
「おいおい、ちょっと待て!」
 動画の中では、例の蓮乃似が騎乗位を行っていた。
 仰向けの男に跨がり、上下に弾む姿を真横から映している。甘い声を吐き散らして髪を振り乱す蓮乃似は、浮き上げた腰を落下させるリズムと共に、大きく声を張り上げていた。
『あぁぁ! あっ、あぁぁん!』
『あぁぁ! あっ、あぁぁん!』
 まったく同じ声が、イヤホンからも壁からも聞こえて来る。
 ベッドの軋む音も同じであり、さすがに偶然では片付けられない。それでも信じられない気持ちが残り、桜花はイヤホンの片方を外していた。壁に耳を押し当てて、右耳のイヤホンと、左耳に聞こえる壁の音を聞き比べ、ついに確信に至った。
 動画投稿主は隣の部屋に住んでいる。
 そして、昨日の奉仕動画の中で言っていた通りなら、金に困った女に話を持ちかけ、合意を得ている関係のはずだ。
「ちょっと待て……」
 最悪の予感に胸が騒ぐ。
 まさに蓮乃も、親が借金をしてまで立てた店が潰れて、働き手もなく娘だけが家に残った状態で、貯金を切り崩して生活している。だから学校に届け出を出し、バイトを始めたと話していたが、つまり金に困った身の上は蓮乃にも当てはまる。
「……いや、さすがにそれはねーな」
 たまたま教わった動画の撮影場所が隣室だった。
 これだけでも、宝くじを当てるような確率だ。加えて動画の蓮乃似が本当に蓮乃であるなど、いくらなんでもありえない。アダルト動画である以上、あの奉仕前のやり取りも創作の可能性はあるはずだ。
『あっ、ぐっ! くぁ――あぁぁ――!』
 桜花は気づいた。
 生中継で編集が追いつかないためか、今回の蓮乃似はアイマスクをかけている。見れば担任似の男にも、アイマスクのようなサイズの仮面をかけていた。何かの映画で仮面武闘会のシーンを見た時、同じような仮面が使われていた。
『んぅぅぅ…………!』
 散々喘ぎ尽くした末に、蓮乃似は一度動きを止め、肩を大きく上下させながら、息を落ち着けようとしていた。
『はぁ……はぁ………!』
 喘ぎ声が途切れた瞬間、壁の向こうも静かになり、この中継が隣の部屋で行われているのは、より確定的となった。
『交代交代』
『次は同時にいっちゃおうかねぇ?』
 ベッドに横たわる担任似の他に、さらに二人の男の声が聞こえた。
『四つん這いですか』
『そうだな』
『頼むよ? ハッスー』
 ドキリとした。
(ハッスーって……!)
 そのあだ名の付け方は、ますます蓮乃を思わせる。
(違う……違う……違う……)
 画面の中で、蓮乃似は担任似の股から降りる。
 すると、担任似がベッドを去り、入れ替わりで二人の男が上がっていく。四つん這いとなる蓮乃似に、前後からの挿入を行って、口とアソコが同時に肉棒で塞がれていた。
(こ、こいつら!)
 またしても、似ている人物達だった。
 後ろから腰を掴んでピストンを始めるのは、筋肉質でガタイの良い、体育教師にそっくりである。前からフェラをやらせている方は、理科教師そのものだ。
(本当に似てるだけか?)
 桜花は焦燥した。
 食い入るように見つめる目は、いつしか動画の中から手がかりを探し出し、彼女が蓮乃ではない証拠を見つけ出そうと血走っていた。

 パン! パン! パン! パン! パン! パン!

 腰と尻のぶつかり合う打音がリズミカルに繰り返される。
 蓮乃似は慣れているのか、後ろからの衝撃に身体を揺らされながら、その揺れを利用してフェラチオをしていた。肉棒の角度に合わせて首を立て、しっかりと咥え込んだ唇から、竿を見え隠れさせ続けていた。
 昨夜見た動画とは比べものにならない。
 この投稿主の動画を全て視聴したわけでなく、何十本もある動画のうち、一番最初と二番目しか見ていない。そこから飛んで、いきなり最新を見ることで、つたない様子だった時とのギャップを激しく感じた。

 パン! パン! パン! パン! パン! パン!

 振動が伝わることで、垂れ下がった乳房も前後に動く。
 あの胸の豊満ぶりすら、やはり蓮乃を思わせる。

 パン! パン! パン! パン! パン! パン!

 その光景が長々と続いた末、ある瞬間から押し込んで、前後二人して腰を震わせる。その後に引き抜く肉棒の、口から出て来た方には白濁が滴り落ちていた。膣から抜かれた棒にはコンドームが垂れ下がり、先端がよく膨らんでいた。
 そして、カメラが動き始めた。
 今まで固定されていたアングルが、カメラを持ち上げることで動いていく。その一方で蓮乃似は仰向けの姿勢に変わり、次の正常位に備えて股を開いていた。
 上から見下ろすアングルだった。
 片手でカメラを持ちながらの挿入が行われていた。画面下でゴムを纏った肉棒が押し込まれ、先ほど射精したばかりの体育教師似、理科教師似の二人は、それぞれ蓮乃似の両側へ回り込む。
『んっ、んはぁ……あっ、ふぁ……はっ、はぁ……はぁ……』
 ピストンが始まると、ベッドがぎしぎしと鳴ると同時に、腰を打ちつける衝撃で乳房も上下にたぷたぷと揺れ始める。
『ほーら、両手がサボってるぞ?』
『ほれほれほれほれ』
 顔の両側に肉棒が添えられていた。
 亀頭で頬を突かんばかりに、左右から差し向けられると、蓮乃似はそれぞれを握って手コキしながら、色気ある熱っぽい息を吐き出していた。
『んっ、んぁ……ウザイんですけど……んっ、んぅ…………』
 壁に耳を当て直すと、ちょうど向こう側から聞こえる声は、イヤホンからも同時に聞こえた。
『んぁっ、あっ、あぁぁ……!』
 気持ちいいのだろうか。
 少しばかり、かすかに首を振り動かし、口元には悩ましげなものを浮かべている。息を乱して太ももをくねくねと、ピストンに応じたように上下させ、全身で快感を表していた。
 左右で行う手コキもスムーズで、手首のスナップが利いて見える。
 亀頭が時折頬に当たって、カウパーの付着で何度か糸が伸びていた。

 ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ、

 時間が経つにつれピストンは激しくなり、それに伴いベッドスプリングの音が聞こえてくる。ここまで大きく聞こえれば、もう壁に耳を当てる必要はなくなっていた。

 ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ、
『んん! んぁ! あん! あぁん! あぁん!』

 快楽で奉仕どころではなくなって、手コキがみるみるうちにおろそかに、ただ握っているだけと成り果てる。その代わりのようにして、体育教師似と理科教師似は、自らの手を伸ばし、さながらオナホールで行う自慰の形で、蓮乃似の拳を使い始めていた。
 ピストンが伝える衝撃が強まれば、乳房の揺れ動く有様もよく生える。
「くっ……」
 心のどこかで、これを本当の蓮乃と思う気持ちがある分だけ、そこにいる大人が彼女をいいように楽しんでいることへの恨めしさと、それをどうにもできない悔しさで、気づけば歯軋りをしてしまっていた。
「何苛ついてんだよ。俺は」
 違うはずだ。
 いくらなんでも、それだけは違うはず。

『あぁぁ――――!』

 その時、蓮乃似は仰け反っていた。
 体中に電気でも走ったように、びくりと胴を弾ませていた。仰け反る首で身体を持ち上げて、背中でアーチを成して腹を突き出し、そのままの形にしばしの痙攣をした挙げ句、急に脱力して背中をベッドシーツに叩きつけていた。
 その後、担任似のピストンが数分ほど続いた後、そちらも達して引き抜かれる。
 だが、まだまだ彼らは楽しむらしい。
 また体位やアングルを変え、次は担任似がベッドから両足を下ろしていた。椅子に座ったような姿勢となり、そんな担任似の膝に蓮乃似が座って交わる。対面座位の繋がりで、上下に動く後ろ姿が流れ始めた。
「……クソが」
 アイマスクが見えている時ならば、その下にある目つきは蓮乃とは違うだろうと思っていられる。
 しかし、後ろ姿ではどうだろう。
『んあ! あん! あぁん! あっ、あぁ……!』
 セミロングの黒髪が首を隠して、剥き出しの背中と尻を弾ませる。
 背面ばかりは完全に蓮乃に見えて、蓮乃が担任に抱かれる映像そのものと化していた。
「早く……なんか見せろよ……!」
 目が、心が、一刻も早くと証拠を求める。
 アイマスクがずれる瞬間でも、男の仮面でもどちらでもいい。本当に似ているだけで、桜花の知る人物など一人もいないと確信を得るためには、誰でもいいからほんの一瞬でも素顔を晒して欲しかった。
 だが、そんな瞬間が訪れることはなく、ただ上下に動く後ろ姿だけが延々と、一〇分以上はかけて流れ続けた。

『んぁぁぁぁ――――!』

 ビクビクと肩を震わせながら、蓮乃似が担任似にしがみつく。
 その後、明らかに肩を大きく上下させ、息切れした呼吸を整えている様子は、やはり絶頂のせいに違いない。
 そして、この時になって突如として、桜花の求めるそれは起こった。

 担任似が仮面を持ち上げていた。

 自分にしがみつく蓮乃似へと、片腕を背中に回して抱き締めながら、ニヤニヤと仮面の下に親指を差し込んでいく。
 片目だけを曝け出した。
 それを見た瞬間、桜花はショックで呆然としていた。

『見てるかなぁ?』
「さ、竿木……先生………………」

 間違いなく、担任だった。
 その台詞は桜花を煽ったものにしか聞こえなかった。
『何言ってるんですか』
『視聴者はいるかなーって思ってね』
『いなくていいんですけど』
『いっぱい再生してもらわないと、収入が得られないよ?』
『……チッ』
 彼女と担任竿木のあいだに、決して良好な関係がないことは、その会話の雰囲気にさえ意識を向ければよくわかる。好きで体を許しているわけではない、嫌々やっているだけに過ぎない気持ちが節々から滲み出ていたが、呆然としている桜花には、そうした細かなものを汲み取る余裕はなかった。
「あれ…………全部…………」
 この投稿主の動画は何十本もある。
 そう、何十本も。
  こんな、知らないうちに……。
「いや……違う……い、いくら先生っつっても……」
 どこかに蓮乃と似たような女がいて、そっくりなだけの別人を抱いているだけのはずだと、そう思い込もうとした矢先だ。
『ではハッスー。次はお風呂でしようか』
 追い打ちのように、担任が生徒をあだ名で呼ぶ。
 あだ名がそれで外見も似ていては、もう否定のしようなど……。
 しかも、今朝の蓮乃の態度にも、辻褄が合うことに気づいてしまった。

「蓮乃……なんで…………」

 全身から力が抜けた。
 魂のない、すっかり覇気のない顔で、ぼーっと天井を見上げる横で、流れっぱなしの動画の中ではシャワーシーンが始まっている。『蓮乃』が担任の体を洗ったり、口や乳房を使った奉仕の映像がたっぷりと続いていった。





 
 
 

コメント一覧

    コメント投稿

    CAPTCHA