四畳半での謝礼 ~人妻を賭けた格闘~

哲也の存在に気付いた漢がこちらを向いた。
目立った動きはないが、闇夜に浮かぶその表情は怒りに目が光り輝いてるようにも見える。
助けようと哲也が駆け付けたにしては女は、一体何が起こったのか分からず、先ほどまで害を及ぼしていたはずの漢の陰に隠れ、縮こまっている。
哲也が飛び出してきたことで状況は変わった。 にも拘(わ)らず、女はこの場から逃げようとはしなかった。 漢はそれほど好みじゃないとはいえ、飛び込んできた哲也も味方とは限らない。
多少救いに思えたのは、飛び込んできた哲也から身を守ってくれるよう女が、漢に頼まなかった点だ。
(俺はお呼びじゃない…わけでもなさそうだな…)
哲也は自分は正義であると証明するしかないと、そう思ったら声が出た。
「そこのアンタ、強○は止めたらどうです? さっきから嫌がってるでしょう。 それとも人を呼びますか?」
有りもしないのに、さもポケットに携帯を忍ばせてるが如く手を突っ込んだ。
「なんだ? テメエは」
どすの効いた声で漢が凄んだ。
距離はあるものの対峙して見て初めて相手の体躯が桁違いにデカイことが確認できた。 月明りを背にし、ゆうに180は超えようかという巨漢が女をがっちりと取り押さえている。
(チッ…俺もツイてねえなぁ…カッコいいとこ見せようとしたのに、猫なで声の主が、あんな化け物だったなんて…)
漢の背に隠れたはずなのに、透かし見た様子では既に片方の手を使い女に何かしてたんだろう。 女はひたすら漢の背後でそれを隠そうとした。 良いところまでこぎつけたと思えたのに予想だにしなかった者が現れた。 だからだろう、相当にうろたえている。
「その人を放してやったらどうなんです。 見る限り嫌がってるじゃないですか」
漢もここまで来た以上、女から手を引っ込める気にはなれなかったと見え、哲也が間合いに入るまで乳繰り合ってた女を解放しようとしなかった。
間合いに入って初めて、漢は哲也のいでたちを見て一瞬たじろんだ。 田舎ゆえ、未だに警備員の服が警察とも自衛官ともつかない色形をしていたからだ。
まるで見知らぬ相手同士のように、ふたりは右と左に別れた。 女は素早くスカートの裾や襟もとを正した。
だがそれも近くに寄りすぎ、哲也が着ていた服の腕や胸に貼り付けてある漫画チックなワッペンを確認すると態度はがらりと変わった。
「ん? ナニか?ワレ。 ワイらがなんかやらかしとった言うんか?」
精一杯伸びし、見下すような視線を送ったかと思う間もなく、哲也は襟首を掴まれ、横っ面を殴打され、芝生の上に吹っ飛んだ。
頭がガンガンし、天の川が足元に流れ落ちた。 立ち上がろうとするが目が回り天空と地面の区別がつかない。
片手を降参の如く上げ、後じさりし、元来た道を引き返そうとした哲也の躰が何か柔らかいものに触れた。 女だ。
いつの間にか女は、哲也の退路を断つべく道を塞いでしまっていた。 どうせなら勝つ方に、良い思いをさせてくれる方に味方しようと思たらしい。
「ぐわっはっはっは、世話ないぜ兄ちゃんよお~~~ ええっ? 女を助けるとか抜かしおったよなあ~~」
よくやったと言わんばかりに漢は、味方になってくれた女の方に近寄り哲也に見つかる前にやらかしていた、それと同じことをやり始める。
「騙されるんじゃない…」
小声でポツリと呟く哲也。
そんな哲也を、漢は襟首を掴んで持ち上げ、めまいがして据わらない首を激しく揺さぶった。 哲也はその揺さぶりを利用し、漢の人中に頭突きを見舞った。
試合中に人中を打つのは禁じ手である。 意識が遠のいた哲也は、気が遠のくほど繰り返しやらされた一発必中の禁じ手を、無意識のうちに漢に向かって繰り出していた。
哲也は漢の一撃で顎関節がどうにかなったらしく、口を強く閉じれない。 武器として使えるのは漢の力を逆手に取った頭突き以外なかった。 対する漢の方は、どうやら前歯が、抜け落ちはしなかったもののガタガタになったらしく、鼻や口から相当量血が吹き出している。
「この野郎! 手加減してやればいい気になりやがってぇ~」
痛みから醒めた漢は握りしめた拳を振り回すようにして顔面を狙って打ち下ろしてきた。
「何をするんだ。 止めに入っただけじゃないか」
言い終えた時、漢のこぶしは顔面をかすめていた。
哲也は振り返りざま受けの体勢に入っていた。 基本稽古の裏拳打ちだ。 哲也が通っていた道場は受けイコール攻撃となっているため、こういった時の受けは裏拳スタイルで主に上段の攻撃を受け止めるべく修練する。 たまたまだが、勢い込んで突撃しつつ放って来た拳を上段で受けたところ、手首が返って眉間に命中したようなのだ。
拳タコができた哲也のこぶしは、ものの見事鼻軟骨を粉砕していた。 出血がひどく、鼻から息が吸えない。
「くおのやろう~~~、なめやがってええ~~~」
普通なら立ち上がれないはずなのに、漢は躰を九の字に曲げつつ立ち上がって突っかかって来る。 漢の根性に哲也は怯えた。 この漢が業界の人間だったらどうしようという思考が頭を過ぎった。
だとしたら、どこかでブツが出てくるかもしれない。 一か八か、相手に通ずるとは思わなかったが躰を守るための基本中の基本 三戦立ちに構えた。
それが幸いした。 仕返しとばかりに漢は、付け焼刃の中段回し蹴りを見舞って来た。 受けはしたものの、体重差で圧倒され、またまた地面に叩きつけられた。
その、転がった哲也目掛け、何処で手に入れたか知らないが石を掴み殴りかかって来た。
意識が完全に戻っていない哲也の腹部に石はめり込んだ。 空腹だから良かったものの胃液がせり上がり、苦しさのあまり池に頭を突っ込み嘔吐する。
断末魔の哲也の頭を漢は、力づくで池の中に押し付けようとした。 呼吸困難で意識を喪失させようとしたのだろう。
全力を挙げ逃れようとバタつかせた哲也の踵が、たまたま全体重を乗せ押しつぶそうとした漢の股間を直撃する。 漢はもんどりうって地面に転がる。
漢の手から逃れた哲也は、自分を打ちのめしてくれた時漢が手にしていた石を拾い上げ、苦悶する漢の頭上に構えた。
街の喧嘩のやり口を逸脱した空手の修練者の構えで。
ここに来てやっと、漢は哲也が本気で戦う気になってることを悟ったようだ。 地べたにへたり込んだままずるずると後じさりし距離を取ると、一目散に逃げ去った。
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アップデート 2025/01/11 07:10
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