四畳半での謝礼 ~追うものと追われるもの~

哲也は、いよいよ食うに困って相談がてら元の職場を暁闇に訪ねた。
何故暗いうちに出かけたかというと、みすぼらしい格好で店の周囲をうろつかれては、しかもそれが元従業員とあっては店側も困るだろうと思ったからだった。 しかもそこでまさかにナースと鉢合わせにでもなれば、それこそカッコ悪くて逃げ帰らざるをえなくなるからだったが…。
目を皿のようにし、何度店内を盗み見ても、先輩の姿はもうどこにも見当たらなかった。
(…先輩は彼女に俺のことを…まさか…)
悪い予感がし、その足で急いでナースの下宿に痛めた脚を引きずり引きずり駆け付けてみたが…。 着いた頃には夜もうっすら明け、街の中心部から離れてるとはいえ、この時間になると多少なりとも人も車も行き交っていた。
(こここそ周囲にそれと棹られないようにしなきゃ…)
最初は恐る恐る物陰から覗 き見た。
(…やっぱり…いったい彼らに何が…)
型板ガラスが取り付けてあり、中は見えないものの、玄関脇の格子入りの窓のカーテンはすでに外されていた。
建物の表に回り見上げると、やはりベランダ側の窓のカーテンは取り払われていて、雰囲気からして空き家になってからかなり経っている風にも思えた。
周辺の方々に訊いて回ろうかとも思ったが、それもやめた。 下手に訊いて回り、もし彼女が何らかのトラブルを抱え立ち去っていたとしたら、その罪を問答無用で押っ被せられるかもしれない。
疲れがどっと出た。
前回もそうだが今回も、ここに来るまで多少なりとも夢があり、彼女に会えるかもしれないと思うと勢いで来れた。
彼女が部屋を引き払ったと知った途端、これまで溜まりに溜まっていた疲れが全身を襲った。 食うや食わずの生活を続けてきている。 無理が祟って立ち眩みがした。
(あそこの自転車置き場で一休みさせてもらおう)
自転車置き場と言っても、階段の下を利用した、いわば便宜上自転車置き場になっているだけのところだったが、日陰と言えばそこしかなかった。
物陰に座り一休みすると、多少躰が楽になった。 が、見知らぬ男が自転車置き場でうずくまる姿に、早速一言言わねばの、言ってみれば正義の味方ぶった男が現れた。
「あんた、こんなところで何をしてなさる」
言葉使いは親切だが、明らかに胡散臭い輩と決めつけた目つきと態度だ。
「はあ、あそこに住んでおられた看護師さんに命を救われたことがあり、いつもここを通るたびに、あの部屋に向かって頭を下げることにしてたんですが」
嘘も方便、ナースを神様のように慕ってたんだがと、一言断ったうえで、彼女が引っ越してたことを知らず来てしまい、気落ちしてへたり込んでしまったと話すと、
「そうかね、そんな偉い看護師さんじゃったんじゃのう。 儂は知らんかったもんで、漢遊びがちーと過ぎるオナゴじゃとばっかり…いやー、すまんかったのう」
コロッと態度が変わった。 この言葉は哲也にとっても青天の霹靂だった。
「ええっ!? 漢遊びですか? あの人はそんなことする人じゃ…ホラ見てください。 この怪我もあの人に診てもらい…」
公園で漢と争った時に出来た生々しい傷跡は、ついぞ癒えなかったものだから、ここぞとばかりに指し示し、
「一体全体、彼女の元に、なんで漢が…」
食って掛かられるのを受け、
「いんや、来とったのは確か…じゃがしかし……ほうか……う~ん…ということは、あんヒトが見たいう女はいったい誰じゃ?」
出だしこそ核心を突きそうな言い回しだったが、語尾は独りごとになってしまい、言い終わるや否やばつが悪かったのかどっかに行ってしまわれた。

帰る道々、その言葉が胸に引っかかり、いよいよ前に進めない。 よせばいいものを、その場所とやらを探し求め随分遠回りしてしまった。 初秋とはいえ気温はまだまだ高い。
幸いにも田舎のことゆえそこら中に農業用の水路がある。 歩けなくなると水路に入り水分補給した。
何倍もの時間をかけ、自宅に辿り着くことが出来たが、痛めた脚を庇いながら歩いているというのに、その間一度たりとも往来する車から 「乗って行かんか」 と、声をかけてもらうことなどなかった。
何処からそうなのか定かではないが、彼らのようにふたりの女は、まるで自分を避けるように目の前から忽然と姿を消した。 忸怩たる思いを抱き、帰途についた。
玄関を入った途端安心しきり、上がり框で横になり、そこから先は覚えていない。
誰かに激しく躰を揺すられ目が覚めた。 醒めはしたが天井と床が、まるでコマのように回っている。 立ち上がろうとしてコケた。
「あんた、そんなとこで寝取ったら風邪ひくで、さっさと部屋に…あんた、 おいっ 何があったっ おいっ だっ 誰か来てえ~ あんちゃんが…」
玄関先でどこの誰だか知らないが大声で騒ぎ立てているような気がしたが、耳の中で音がボンボンと水太鼓を叩いたようになってよく聴き取れない。
ここはどこだと考え、起き上がりかけてまた倒れ、そのまま気を失った。
二度目に気が付いた時には布団に寝かされていた。 おばちゃんがポロポロ涙をこぼしながら、額に乗せた濡らしたタオルを取り換えていた。
「ん!? おばちゃん、なんで部屋…」
言いかけて、そこが自分の部屋ではなく、おばちゃん宅だと知る。
哲也の部屋に天井の灯りなど無い。 買おうにも余裕が無かった。 なので、廃品に出してあった蛍光スタンドを枕元に置いて代用していた。
おばちゃん宅にはちゃんと天井に傘付きの蛍光灯がぶら下がっており、訪ねていくたび、羨ましいなと思ったものだ。 寝かされていたのはその部屋だと気が付いた。
「起きたか。 気が付いたか。 よかったよかった。 腹が減っとらんか? お粥作ったが、食うか?」
懐かしい響きだった。 小さくコクンと頷くと、子供用の茶碗によそって盆にのせ、白湯と一緒に持ってきて、まるで母のように甲斐甲斐しく口に運んでくれた。
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アップデート 2025/01/11 07:10
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